それにしても、この美術館の壁面をすっぽりと覆ってしまうような「花矢の柵」の大きさはどうだろう。
縦ニメートル、横七メートルもあり、版画の常識を超えた作品として有名である。
これは、青森県庁の壁画として制作されたものだが、棟方志功は、故郷青森を終生忘れず、愛しんだ。
凶作が続き、北東の風が容赦なく吹きつける東北の地で、必死に耐えようとしている男女と馬の姿が「東北風の柵」の中に浮び上って来る。
棟方志功は、ふるさとへの激しい想いを、板の中から彫り起した。
それはまた、東北の人が持つ粘り強さと内に秘めたエネルギーを感じさせ、迫ってくる。
棟方志功の板画に動かされて、少しほてった想いで美術館を出ると、余り人も通らぬ鎌倉山の道は秋の色を増し、波立つ気持を柔らかく包んでくれるようだ。
春には、桜の花びらが道に散り敷く。
一九七〇年、棟方志功は文化勲章を受賞、これを期に記念館を作ることになり、鎌倉山のアトリエを美術館として提供した。
その後、本格的な美術館を作る計画であったが、棟方志功の死去などもあって、現在の棟方板画美術館の開館は、一九八二年十一月である。