幼稚園はドイツの教育家フレーベル(1782~1852)が1839年にブラソケンブルクに開いたのにはじまる。


花園によい花の芽ばえが育つ・・・との意をこめた「子どもの園」(キンダーガルデン)の呼び名は、ドイッ語のまま世界各国でも通用しています。


しかし、フレーベルの幼児教育は形式主義に流れてしまった点に問題があった。


彼の死後、幼稚園はヨーロッパ各国からアメリカに広められ、アメリカで新しい児童心理学と教育学の影響を受けて、現代の幼稚園教育に発展した。


中国では周の時代(紀元前1122~24七)に、大学や国学、小学校にあたる摩や序が既に設けられていました。


日本でも、中国の学校制度を採用し、天智天皇(662~671)の時代に大学を創設、また、諸国には国学を創設した。


平安時代になると、官学のほかに貴族が一族の子弟を教育する学校が設けられました。


和気氏の弘文院、藤原氏の勧学院などです。


鎌倉時代には、北条氏が金沢文庫、上杉氏が足利学校を設立しています。


江戸時代になると、幕府の学問奨励策で学校教育が盛んになり、1630年(寛永7)に幕府設立の昌平坂学問所をはじめ、各藩にも藩校が設けられました。


また庶民の間にも学校教育の風潮が高まり、町や村に寺子屋ができました。


学制を決めて小学校が創設されたのは1872年(明治5)のことで続いて「教育令」が79年(明治12)、「学校令」が86年(明治19)、「小学校改正令」が90年(明治23)という順に整えられていきました。

学校のはじまりは、原始時代からといってもよいでしょう。


原始社会集団では、食物を獲得したり、住居をつくったりする知識や、他の部族と戦う戦闘技術などを身につけるために、一定の年齢に達した少年たちを定められた場所に集めて訓練をした。


今日でも未開民族の間で見られる成年式の行事とともに行われる、部族のおきての伝授、戦闘の訓練などがそれであり、古代ギリシャのスパルタなどにも、このような学校の原型が見られる。


文字の利用が普及し、商業が発達すると、社会集団が結合して国家的組織をもつようになり、国家を維持するための官吏を養成する学校制度が発達した。

不敬文学論序説は5ぺージぐらい読んでさっぱりわからなければ、村上春樹からやり直して欲しい。


まずは本を好きになってください、と。


私も村上春樹が好きで、私なりの文学感はあったんですよ。


ところが、この本で「あわあわあわ」となる。


私が読んできた読み方はすべて間違いだったと、震えたのを覚えています。


文学と思っていたものが本当は違っていることを、感じる。


この本は2ヶ月に一回売れるかどうかだけれども、それでもやっぱり、置いていなければならないと思う。


私の書店人としての最後の砦としてしがみついている本だと思います。


差別を追い求めるなら、究極にたどり着くのは天皇小説であるはずなのに、それが存在しないことが、また、いまの日本を現している、と。


棚一段、小林よしのりを導入として置いて、福田和也、柄谷行人、そしてこの本という並びは小さな、けれど大きな意味を持つであろう仕掛けです。


この本も簡単には読めません。


引用がいっぱいあって、しかも引用されている文章は難しい。


そもそもここで取り上げられている文学は難しいんです。


だから最初だけでもいいと思う。

小説の読まれ方に私は疑問を持っているんです。


いまの世間一般での読まれ方は間違っていると。


こういうことを本を売る側の人間がいうのは、大いに怖いのですが・・・。


例えば村上春樹は、読んでいて確かに気分はいい。


でもそこで止まってはいけないんです。


物語を書くということは、本来、差別にぶち当たるはずなのに、ないものがあるがごとく書くそのテクニックだけがもてはやされる。

そういうのは、本当の文学ではないんじゃないか、と。


逆にいえばそれが、いま、文学として成り立ってしまっていて、ひいては、日本の根幹になってしまっているんじゃないかとさえ思える。

学生時代、中上健次の『枯木灘』を読み、なにかが決定的に違うという強烈な印象を持ったんです。


その正体を探るうちに、柄谷行人や渡部直己、こういう人たちと必ず出会う。


「文学を本当に掴んでいた最後の作家は中上健次だった。


いまは商業主義でしかないのであって、小説という形態は、彼を最後に終焉を迎えた」と。


柄谷行人らしいですけどね、終わったと言い切るところは。


もうあがくのは止めようと。


しかも読むのが大変難しい。


そこを渡部直己は、3部作で少しわかりやすく、もう一度、文学の再生を図ろうとしてくれているんだと思います。

不敬文学論序説。


この本はうちの店らしくない本でもあるのですが、なぜ自分がこの本をずっと置いておきたいのかを一度つきつめて考えてみたかったのです。


自分の中で消化してしまいたかった。


3部作だと思っているんですよ。


序論として『日本近代文学と〈差別〉』(太田出版)、第2弾で『中上健次論-愛しさについて』(河出書房新社)、結論としてこの『不敬文学論序説』となります。


この本で文学と差別の問題に最終的な結論を著者の渡部直己は出したと。


「君は明日を掴めるか―貴くんの4745日」


負けず嫌いの貴くんはこうして成長してゆく。


荒井さん一家の教育方針は非常に温かく、また厳しい。


腕が短いのは生まれつきだから仕方がない。


短い腕でやれるところまでやり、その限界まできたときは足を使おう。


持っているものを総動員して、普通の人と同様に社会に生きるのだといいます。


池松氏は「人の不幸を撮って仕事にしていくのはうしろめたい気持ちだ」といいながら、貴くんの結婚までを撮り続けるといいます。


当時「エリザベス・サンダースホーム」を巣立った混血児たちと故沢田美喜さんとの再会を記録した「子供たちは七つの海を超えた」(53年)を演出した星野敏子ディレクターが、当時、青山学院大2年生になった貴くんと話し合いながら、修学旅行や学院生活を撮り続けていました。

「君は明日を掴めるか―貴くんの4745日」は、BBC(英国放送協会)で「リーチ・フォー・トゥモロウ」と英訳した番組名で放送されました。


国際的な評価を得て、エミー賞につながったのでした。


小学校に入ったとき、「三つ指人間を初めて見た」と友達にバルタン星人だとからかわれる。


中学校に入る前には詰めえりの制服を着る練習をする。


アゴでえりの一方を押さえ、左足指でもう一方のえりをつかみ、ホックをかけようとするがかからない。


3時間半後にやっと成功する。


後半はカラーだが、前半の画面は白黒、そこに13年間の記録がまざまざと現れていました。


詰めえりのホックを足の指で留めようとして何十回も失敗、疲れ果てて倒れてしまっても、訓練は続き、カメラは回し続けられました。

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